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DIALOGUE 004

鈴木 智尋: 二つの間

鈴木智尋さんの工房には、何度も焼成を重ねた試作と、その結果を書き留めた分厚いノートがある。 安南手の滲みをわずかな違いまで確かめる一方で、原土に含まれる小さな石は、あえて器の表情として残す。すべてを思い通りにするのではなく、どこまで手を入れ、どこから素材に委ねるのか。 「この二つの間くらい」 まだ目の前にない答えを探しながら、鈴木さんは今日も土と向き合っている。

鈴木智尋さんの工房で、安南手の試作を見せてもらった。

白い釉の上に引かれた青い線が、少しずつ違う滲み方をしている。

こちらは、あまり滲んでいない。

こちらは、少し滲んでいる。

もう一つは、それよりも滲みが強い。

安南手は、この滲みが難しいのだと鈴木さんは言う。

線がきれいに残りすぎても違う。
滲みすぎても違う。

「この二つの間くらい」

そう言って、二つの試作を指した。

私には、どちらも十分きれいに見えた。

けれど、鈴木さんがつくりたいものは、まだそこにはなかった。

工房には、分厚いノートがあった。

これまで試した土や釉薬、焼成のことを記録しているという。

一度試して、結果を見る。

違えば、条件を変える。

そして、また焼く。

その繰り返しで、ノートは厚くなっていった。

「大学院にいたころを思い出します。実験みたいですね」

思わず、そう言った。

鈴木さんは、まだ試していないことがたくさんあるという。

長く焼き物をしていれば、だんだん分かることが増えていくのだと思っていた。

けれど、分かることが増えれば、次に分からないことも見えてくるのかもしれない。

目の前に並んだ試作は、その途中にあるものだった。

別の器には、小さな石が残っていた。

原土に含まれていた石だという。

土の表面から少し顔を出している。

こういうものは取り除くのだと思っていた。

けれど鈴木さんは、作品によっては、あえて残しているという。

さっきまで、青い線のほんのわずかな滲みを見比べていた人が、ここでは土の中の石を残している。

そのことが、少し面白かった。

どこまで整えるのか。

どこまで残すのか。

おそらく、それも一つずつ違うのだろう。

棚には一万二千円の抹茶碗があった。

鈴木さんのほかの器に比べると、少し高い。

「どうしてこれは高いんですか、と言われることがある」

鈴木さんはそう言った。

この茶碗は、ろくろで挽いたものではない。

手で形をつくり、一日置く。

それから中をくり抜く。

さらに化粧を施していく。

話を聞いているだけでも、手間がかかる。

買う人からすれば、一万二千円は安くない。

けれど、つくる人からすれば、それでも手間に見合うとは限らない。

「もし、これを注文したい場合は?」

と聞いてみた。

「作らんかもしれない」

鈴木さんは言った。

できたときに買ってもらうしかないかな、と続けた。

器を売る人間としては、少し困る答えだった。

でも、なぜか嫌いではなかった。

工房を出てからも、

「この二つの間くらい」

という言葉が残っていた。

二つの試作の間にある、まだできていない一つ。

それを探すために、また試す。

けれど、原土の石は残しておく。

手間のかかる茶碗は、無理をしてつくり続けない。

鈴木さんの仕事を見ていると、何でも思い通りにすることが、ものをつくることではないように思えてくる。

手をかけるところがある。

そのままにしておくところもある。

まだ分からないこともある。

分からないから、試してみる。

鈴木さんの分厚いノートには、答えよりも、その途中の時間がたくさん残っているように見えた。