東京・神宮前に静かに佇むうつわ店「うつわ楓」。店主の島田さんに、店名に込められた思い、空間の変遷、常設展示の大切さ、そして暮らしの中でうつわが持つ美しさについて伺いました。
東京・神宮前に、静かに佇む一軒のうつわ店があります。
名前は、うつわ楓。
初めてこの名前を聞いたとき、なんて美しい響きなのだろうと思いました。「楓」は、もみじの木。決して強く主張する名前ではありません。
けれど、その一文字の中に、季節やうつわ、そして日々の暮らしに対する思いが、そっと込められているように感じます。
今回、うつわ楓の店主・島田さんに、お店の名前の由来、これまでの空間の変遷、うつわの選び方、そして長くお店を続けてこられた中で大切にされていることについてお話を伺いました。
最初は、うつわについてのお話を伺うつもりでした。
けれど、実際にお話を聞いているうちに、うつわの向こう側には、島田さんご自身の暮らし方や、美しいものとの向き合い方が静かに流れているのだと感じました。
「楓」という名前に込められた思い
店名の「楓」は、島田さんがもみじの木をお好きだったことから付けられたそうです。
最初に南青山三丁目でお店を始められた頃、店先には楓の鉢が置かれていました。現在の場所に移ってからは、空間の関係で置くことが難しくなったそうですが、その名前は今も変わらず、お店に残っています。
島田さんが楓に惹かれる理由は、四季の移ろいをはっきりと感じられるところ。
春には、小さな芽が出て、やわらかな若葉が広がる。
夏には、青々とした葉が生い茂る。
秋には、葉が赤く色づき、冬には、葉が落ちた後の枝ぶりまでもが美しい。
一年を通して、それぞれの季節に違った表情を見せてくれる木。
お話を聞きながら、「楓」という名前は、単なる店名ではなく、島田さんがうつわを通して伝えたい世界そのものなのだと感じました。
うつわもまた、季節とともに表情を変えていくものです。
春には、軽やかで明るいうつわを使いたくなる。
夏には、涼しげなガラスが恋しくなる。
秋には、土のぬくもりを感じる陶器がしっくりくる。
冬には、少し厚みのある、手の中でほっとするようなうつわを選びたくなる。
うつわは、棚に並んでいるだけのものではありません。
食卓に置かれ、料理を受け止め、お茶や花、光や空気と一緒になって、その季節の記憶をつくっていくものなのだと思います。
変わりながら続いていく場所
うつわ楓は、最初から今の場所にあったわけではありません。
最初のお店は、南青山三丁目にあった小さな空間でした。決して広いお店ではなかったそうですが、最初から「うつわの店」として、内装や収納、展示の仕方まで丁寧に考えられていました。
その後、建物の老朽化により、南青山四丁目へ移転します。
以前よりも広く、畳のある空間でした。ただ、その場所は最初から三年ほどしか使えないことが分かっていたそうです。
それでも島田さんは、その場所へ移ることを決めました。
広い空間で、うつわをどのように見せることができるのか、試してみたかったからだそうです。
大きな作品や、存在感のある作品は、小さな空間ではなかなか十分に見せることができません。
余白や距離があることで、初めて見えてくる表情もあります。
たとえ限られた時間であっても、その場所で作品と人が出会い、何かが生まれるなら、それは十分に意味のある時間なのだと思いました。
お店という場所も、人と同じように、時間とともに姿を変えていく。
そして、その時々の空間の中で、できることを丁寧に積み重ねていく。
うつわ楓の歩みには、そんな静かな強さを感じました。
常設の展示が教えてくれること
うつわ店と聞くと、作家さんの個展を思い浮かべる方も多いかもしれません。
もちろん、個展には個展の魅力があります。一人の作家の世界を、まとまった形で見ることができる。作品の流れや変化、その人の今の表現を深く感じることができる。
けれど島田さんは、常設の展示もとても大切にされています。
個展では、一人の作家の作品を中心に見せることになります。一方、常設では、さまざまな作家の作品を組み合わせることができます。
陶器、ガラス、漆器。丸いもの、楕円のもの、四角いもの。大皿、小鉢、カップ、花器。
素材も形も異なるうつわが一緒に並ぶことで、そこにはまた別の表情が生まれます。それは、実際の暮らしの中の食卓に近い姿でもあります。
私たちの家の食卓には、いつも同じ作家のうつわだけが並ぶわけではありません。少しずつ集めたもの、旅先で出会ったもの、いただいたもの、昔から使っているもの。
それぞれ出自の違うものが、同じ食卓の上で自然に並び、その日の料理によってひとつの景色になる。
島田さんは、そうした「組み合わせ」の美しさを大切にされているのだと思います。
一人歩きしないうつわ
島田さんのお話の中で、とても心に残った言葉があります。
それは、「一人歩きしないうつわ」という考え方です。
一つのうつわだけを見たとき、とても印象的で美しいものがあります。けれど、実際に食卓に置いてみると、他のうつわや料理、空間と少し距離ができてしまうこともある。
そのうつわだけが強く目立ち、まわりとの関係を結びにくくなってしまう。
島田さんが大切にされているのは、一つの作品としての魅力だけではなく、暮らしの中に置かれたときの自然さです。
存在感がありながらも、他のものと一緒にいられること。主張しすぎず、けれど確かにその場を豊かにしてくれること。
そのようなうつわは、食卓全体の空気を静かに変えてくれます。
ガラスと陶器を一緒に使う。丸い皿の中に、楕円や四角の形を加えてみる。素材や形が少しずつ違うものを組み合わせることで、食卓に奥行きが生まれる。
うつわの楽しさは、単体の美しさだけではなく、その関係性の中にもあるのだと教えていただいた気がしました。
使われることで立ち上がる美しさ
今回の訪問を通して、あらためて感じたことがあります。
うつわの美しさは、うつわそのものだけで完結するものではないということです。
同じお茶碗でも、棚に置かれているときと、炊きたてのご飯を受け止めているときでは、まったく違う表情になります。
同じガラスのコップでも、曇りの日、晴れた日の午後、夏の光の中、夜の灯りの下では、それぞれ違って見えます。
陶器も同じです。
料理と一緒になることで、木のテーブルに置かれることで、漆器やガラス、花器と並ぶことで、そのうつわの持つ雰囲気は少しずつ変わっていきます。
うつわ楓というお店は、そうした関係性を見せてくれる場所なのだと思いました。
うつわの美しさは、孤立したものではありません。組み合わせの中にあり、使うことの中にあり、季節の中にあり、人の暮らしの中にある。
だからこそ、うつわ楓はただ買い物をするためだけの場所ではなく、日々の暮らしを見る目を少し変えてくれる場所なのだと思います。
おわりに
今回、うつわ楓を訪ねて感じたのは、うつわの魅力は形や値段、作家名だけでは語れないということでした。
一つのうつわが、どのように料理を受け止めるのか。どのように季節を映すのか。どのように人の暮らしの中に入っていくのか。
そこまで含めて初めて、うつわの魅力は立ち上がってくるのだと思います。
島田さんがこのお店に「楓」という名前を付けられたこと。
その名前の中には、季節とともに変化するものを大切にしたいという思いが込められているように感じました。
うつわは、使う人の暮らしの中で少しずつ表情を変えていきます。
そして、よいうつわ店は、その表情に気づくきっかけを与えてくれる場所なのかもしれません。





