好きなものを作り続けること、自分らしさが少しずつ形になっていくこと。そして、不安を抱えながらも前へ進み続けること。 ガラス作家・山崎雄一さんへのインタビューを通して見えてきた、一人の作り手の静かな歩みを綴ります。
1. 光の中で出会ったガラス
夏の光が、静かな展示室いっぱいに差し込んでいた。
窓から入った柔らかな光は、色ガラスをゆっくりと通り抜け、棚やテーブルに淡い影を落としている。その景色はまるで、一つひとつの作品が呼吸をしているようだった。
ガラスという素材は、いつも光によって完成するのだと、その景色を見ながら思った。
光を受けた作品は、それぞれ違う表情を見せながら、静かに展示室に並んでいた。
一つひとつが十分な距離を保ちながら並び、まるで誰かの日常へ迎えられる瞬間を、静かに待っているようだった。
今回訪れたのは、ガラス作家・山崎雄一さんにとって初めての個展だった。
会場では、山崎さん自身が来場者に気さくに声をかけていた。
作品について尋ねられると、笑顔で説明し、ときには冗談を交えながら会話を楽しんでいる。
初めての個展とは思えないほど自然で、その場には終始穏やかな空気が流れていた。
インタビューが始まっても、その印象は変わらなかった。
肩の力が抜けた話し方。
よく笑う人だった。
そんな印象が、最初に残った。
私はこの日、ガラスの話を聞きに来たつもりだった。
けれど、インタビューが終わる頃、一番印象に残っていたのは技法ではない。
一人の作家が、長い時間をかけて「自分らしさ」を見つけてきた、その歩みだった。
そして、その歩みを最も象徴していたのが、一つの小さな作品だった。
それは、山崎さんの代表作となった「一輪挿し」である。
2. 「一輪挿し」が教えてくれた自分らしさ
「今、一番お気に入りの作品は何ですか。」
そう尋ねると、山崎さんは少し笑って答えた。
「一輪挿しですね。」
「一輪挿しは、自分が好きで作り続けてきた作品なんです。」
誰かに求められたからではない。
売れると思ったからでもない。
ただ、自分が好きだったから、作り続けてきた。
その積み重ねの中で、少しずつ「山崎雄一といえば一輪挿し」と言ってもらえるようになったのだという。
「最初から代表作になると思っていた作品は、特にありませんでした。」
その言葉を聞きながら、私は少し考えた。
「自分らしさ」は、探して見つけるものではないのかもしれない。
好きなものを作り続ける。
誰かに認められるかどうかも分からないまま、それでも作り続ける。
その長い時間の先で、ようやく「あれが山崎さんらしいですね」と言ってくれる人が現れる。
自分らしさとは、最初から持っているものではなく、作り続けた時間の中で、少しずつ輪郭を持っていくものなのかもしれない。
そのことを、一つの小さな一輪挿しが静かに教えてくれた。
3. 四日という時間が宿る作品
展示室に並ぶ作品を見ていると、どれも静かな佇まいをしている。
あとになって、その理由を知った。
山崎さんの作品は、一つ完成するまでに、およそ四日という時間が必要なのだという。
まず、吹きガラスで形を作る。
熱いうちに息を吹き込み、一瞬の判断で輪郭を決めていく。
そのあと、作品は一日かけてゆっくりと冷まされる。
そして冷えたガラスの表面に、残したい模様を一本一本手描きでマスキングしていく。
その作業だけでも、一日ほどかかる。
最後にサンドブラストで砂を吹き付け、覆われていない部分だけを少しずつ削りながら、草花や木々の輪郭を浮かび上がらせる。
四日。
その数字を聞いたとき、私はようやく展示室の静けさの理由が分かった気がした。
作品の中には、ただガラスがあるのではない。
誰にも見えない四日という時間が、そのまま作品の中に流れていた。
4. 怖くても、前へ進む
山崎さんは、最初から作家になることを目指していたわけではなかった。
工房で吹きガラスを教え、人に技術を伝える仕事のほうが、自分には向いていると思っていたという。
転機になったのは、周りの存在だった。
少しずつ独立する作家が増え、それぞれが作品を通して自分自身を表現している姿を見ているうちに、「自分もやってみたい」と思うようになった。
独立したあとも、今年の春までは別の仕事を続けながら制作を続けていた。
生活を支える収入があったからこそ、安心して作品と向き合うことができたと、山崎さんは飾らずに話してくれた。
私も思わず、自分の話をした。
会社員として働いていた頃のこと。
安定した毎日を離れ、日本の手仕事を海外へ伝える仕事を始めたこと。
すると山崎さんは笑いながら言った。
「似ていますね。」
その一言で、少し肩の力が抜けた。
会場で見ていた山崎さんは、誰と話すときも笑顔だった。
来場者に作品のことを楽しそうに説明し、冗談を交えながら場を和ませる。
だから私は、迷うことなくここまで歩いてきた人なのだと思っていた。
けれど、その印象は、一つの言葉で静かに覆された。
「正直、たまに怖くなります。」
その言葉は決して大げさではなく、独り言のように自然だった。
独立し、今はガラスだけで生きている。
だからこそ、不安になる日もある。
それでも、立ち止まるという選択肢はない。
「でも、前に進むしかない。」
その短い言葉を聞いた瞬間、私は目の前の作品が少し違って見えた。
作品に宿っていた静かな強さは、生まれつき備わっていたものではない。
迷いながらも、自分で選んだ道を歩き続けてきた時間が、少しずつ形になったものだったのだ。
だからあの笑顔は、人を安心させるのだと思った。



